同窓会
オリンピックイヤーに開催される、高校の同窓会が、北京オリンピックの今年も先週の土曜あった。小学校も、中学校もでないのに、こればっかりは、参加する。楽しく、なつかしく、消えてしまった時間が、確かにそこにあったという実感とともに、よみがえる。
時間をとびこえて、「今」と交差するには、3,4時間という時間は、あまりに、短すぎる。そして、言えなかった想いを伝えるにも、さらに短い。
誰もが、食べたり、飲んだりする時間を惜しんで、言葉をかわすが、4年ごとに集っても、まだ足りない。
そして、だれかの訃報を耳にする。
名前を聞いて、17,8の頃の笑った顔が、すぐに浮かんだのが、無性に悲しかった。
子供が手から離れて、今度は親をみて、それぞれの人生は、一時止まる。その、一時のために、私は、足を運ぶ。それほどに、私のなかで、高校時代は、特別なのだ。
で、二次会に誘ってくれたのに、ごめんなさい。坂を降りながら、やっぱりバレー部は、バレー部の思い出がいっぱいあるだろうな、と思って、帰ることにしました。翌日、私の車で、法事の送り迎えがあったし。また今度集まったときに!それと、いろんなこと、たぶん憶えてると思う。私は、わたしの世界にこもることが多かったけど、精神的に、かなり幼かったみたいです。深く考えるということが、足りなかった。この年になって、今みんなから、当時は、知らなかったことをいろいろ聞くと、そう、思う。反省と、驚きを持って、いつも帰宅するんです。


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