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2011年8月27日 (土)

昨日のデジャブ

路地行灯

午後、居酒屋におく灯りを作りたいと、Iさん。
いろいろカタログを見て検討した結果、露地行灯に決定。
ん~いいかも!
ちょっと私も作ってみたいぞ!

で、帰宅。
りっちゃんが買っている「ナルト」を晩御飯の後読んでたら
中扉に昼間選んだ露地行灯と同じものが!

作ってみるか‥‥

ソーラー式外灯?

Img_0947_convert_20110827105315 正式名称はわからないそうです。
が、これって、ものすごいエコですよね!(東京の国会議事堂近くでも見た気がする。なんか、回ってたけど‥‥外灯じゃないかも)
ちょっとしたところで電気を使わず、他のエネルギーで代替することができるのなら!ちりも積もればじゃないけれど。Img_0904_convert_20110827104930おお、ここにもひまわりが‥
じゃなくて、これ、家を建てようとしてる?
7月の末にいったとき、少し高台のほうでは建築途中の家をよくみかけた。
漁師の方でも、畑を少し高台に持っていて、
今回、家が流されてもそういう土地を持っている人は畑に急遽家を建てれた人もいたようで、被災者の方たちも、状況は一律じゃないんだなぁと感じていた。

家が流されず残っていても、家を建てても、仮設住宅にいても、今だ避難所にいても、
地域が、非日常であるかぎり、
一人一人の状況がどうであれ非日常には違いない。

つばめ

Img_0903 では、ちょっとほっこり。
この画像だけみればどこのつばめさんたちかわかりませんが南三陸に渡ってきてたつばめさんたちです。

この夏どこかで巣をつくり、ひなを育てていたのでしょう。
電線があって、よかったね!
電線がないとひとやすみも、一苦労?

東北ではいつごろ、渡っていくのでしょうねぇ‥‥て、四国のつばめさんたちがいつごろ渡るのかも実は知りません‥。

よみがえれ!故郷!

Img_0932_convert_201108271051178月 27日の南三陸です。
こんな風に、被災地にはダンボールや板きれに大きな字で書かれたメッセージがいたるところにあるのですが、多くは感謝の気持ち。
世界の人へだったり、自衛隊の人たちへだったり。

だけど、これは自分たちへのメッセージ。
こんな状況でなにをがんばればいいかもわからず途方にくれながら、自分に、家族に、隣人に、町に向けてあげた声。

こんな東北の人たちに
どうやって寄り添っていけばいいのだろうと、日々考えない日はない。

今日の南三陸の町並み(?)

さあ、メインストリートです!?Img_0929_convert_20110827105031
ベイサイドアリーナの近くに、さまざまな業種の仮設店舗がぞくぞく出店。復興市だから?Img_0930_convert_20110827105226

さて、その復興市。
月の最終日曜日に定期開催されてるのですが、今まで、当日南三陸にいながら行けませんでした。今月も一週間ずれてしまった。
やまさんも、行けないそうで、残念!。今月は明日28日です。

今日の南三陸(8月27日)

今回は、パノラマで!110827a_convert_20110827104154 もうひとつの定点。110820b_convert_20110822103848 いつもの定点は、街中から、少し離れたところから撮っているのですが、
今回は、街中のパノラマも届きました。
コンクリートの土台が多いせいか、グリーンは少ないです。110827_2_convert_20110827104508 この右のずっと奥に、防災庁舎があり、土日は人が大勢訪れるそうです。
6月、初めて南三陸を回った日ここを訪ね手をあわせました。

よそから来たものは
亡くなったかたの冥福を祈り手を合わせたくても、
土地鑑もなくただ何もなくなってしまった場所のどこかで立ち尽くすしかないのですが、
こうして、象徴的なものが残っていると
花を手向けたり、手をあわせたり、気持ちをかきあつめることがたやすいと思います。

しかし、実際ここで亡くなった数十人の遺族は
ここが目に入るたび心をかきむしられる思いなのでしょう。
町長は保存の意向があるそうですが、
数ヶ月前、ここをもう見たくないと言っていた遺族も
今だなお、同じ気持ちでいるそうです。
献花台にはここを無くしてほしいという、悲痛な手紙も置いてあるとか‥‥

ここで、生き延びた人にとっての震災跡と、
ここで、大切な人を失ってしまった人にとっての震災跡。

同じものに対する心情がこれほど違うと
その折り合いをみつけるのは大変な作業なのではないかと‥。

2011年8月26日 (金)

今度はRQ河北VC

今までは南三陸を中心に活動していましたが、
次は石巻です。

屋外作業が中心のVCですが、
私でも何かできることがあるかもと思い行くことに。

はじめて仙台に降ります。
乗り継ぎの時間の都合、
仙台駅近くで3時間の滞在に。
そこから高速バスで石巻市に向かいます。

31日から今回も6日間。
いってきま~す

2011年8月24日 (水)

エスカレーター

松山に帰ってきたな~と思うのは、エスカレーターに乗った時。

大阪や京都では右に立ち、
東京では左に立ち、
急いでいる人のために片方を空けておかねばならない。

駅では、脱兎のごとく駆け上がり、駆け下りねばならない時がままあるのだ。
量販店でも、そういうひとがいる。
ので、空けとかねばならない。

松山でたまにデパートへ行くと、
「お、右?左?」と一瞬思うが
前後にゆったり乗っている人々を見て
「ここは松山!」と気持ちを(下ろす)。

駅には一人分の幅しかないエスカレーター。
横の階段を駆け下りたほうがよっぽど早い。
が、そんなひとも、いない。

2011年8月23日 (火)

デジャブ

あ、これなんか、やったことが‥‥
というような、いわゆるデジャブではなく、
私の場合、一日に、同じことを2回繰り返して、見る、聞くというものだ。

よくある。

河北新報の本が欲しくて
本屋の近くに行く機会があれば必ず立ち寄るのだが、
この日は、フライデイの原発の特集号がでていたので買うと
被爆患者の写真が掲載されていた。

私にとっては、始めてみるものではない。
小学校のころから、広島・長崎の原爆、
ナチスのアウシュビッツになぜかいつも心を揺り動かされ、
小学校に一度、数年前に再び、広島の資料館を訪ね、
写真展にはできる限り見に行くようにしていたので
このての写真は古いものだか、かなり見ている。

今回の写真が、それが戦争でではなく
原発の事故による被爆という点で、私にはショックだった。

そして、その日の夜。
息子が帰ってきているので
待ちに待った「24」ファイナルシーズンの続きを観ていた。
(24は家族で観ることになっている

登場人物の一人が放射能に被爆して苦しむシーンが出てきた。
今日?今夜?このタイミングで?
セシウム・ウラン・プルトニウム
3月から新聞に載らない日はない。
もう、聞きなれてしまったこれらの単語が字幕に映り
ひどく、身近に感じたことが不思議だった。

以前だったら、
もっと違っていたはず。

本を買ったのもたまたま、
DVDのこの巻を観るのもたまたま。

世の中、偶然はない、というのが持論‥‥

残念なことに、
神様の贈り物に気がつけない。
私はまだまだ俗物であることから抜け出せていない。

2011年8月22日 (月)

自動販売機の不思議

Img_0892_convert_20110822103320 南三陸町のとあるところ。なんにもないところに、きれいな自動販売機が‥‥

海辺の高台で、一階部分を流されたお宅が、別棟の雑貨やが流された後、近所の人たちのために家の前に赤い自動販売機を置いていたのが印象に残っていたが、ここは?

う~ん、道路の傍ではあるし、ユンボもたくさんでてるし‥‥がんばれ、自販機!

南三陸のはとバス

南三陸でみつけたはとバス。Img_0888_convert_20110822103204
このさきには高校しかないのに‥‥
と、やまさんは不思議がっていましたが‥

6月の末、南三陸。
ちょっと遅い昼ごはん、コンビニおにぎりをコンビニの駐車場で食べていた時、小さなバスが止まって、わらわらと高校生が降りてきた。
そんなにおおぜいではなかったけれど、そのまま、コンビニにすいこまれるように入っていく子と、駐車場で待っていた、親らしき人の車に乗り換える子といて、またどこかへ帰っていくようだった。

しばらく前、通学路や、バス、汽車の不通で、学校に通うのに困難な学生を、学校からコンビニまで送迎するというニュースを見ていて、TVでもそのコンビニをみたのだけれど、「ああ、ここだったのか」と思った記憶がある。
もしかして、そのバスでは‥?

でも、わたしが見たのは2ヶ月前。
まだ、そんな状況が続いているとは‥‥

今日の南三陸(8月20日・ひまわり)

いつもの、定点です。
気がつかれましたか?
ところどころにみられる黄色い花、ひまわりです。Img_0882_convert_20110822102022
ひまわりの種はどこから?

ひまわりの花を咲かせよう!
という運動は、震災のあと、東北のあちらこちらで起こっていました。
もちろん、福島でも。
神戸の震災の後そこに咲いたひまわりの種が広まったとも。
放射能物質を、塩分を吸い上げる、という効果も期待してというのもあるのでしょうが、お日様に向かって、黄色い花を咲かせるというひまわりには、人の「希望」という心の部分を形にしてくれるような気がして、そんな想いがこめられてもいるような気がします。

Img_0878_convert_20110822103006 石巻のお祭りでも、ひまわりは象徴的なものでした。
ひまわりの絵も、いっぱい展示していた!

そういえば、RQにも以前ひまわりおじさんがいて、ひまわりチームというのがあったな‥‥
今は小泉班になって、小泉地区の支援をしているはず。

左は定点に咲くひまわりだけれど、次の画像は高台にあった、Img_0880_convert_20110822103101_2 特別養護老人ホームに咲いたひまわり。
避難所にもなっていたそうですが、ここでも、多くの犠牲者がでたそうです。まだ、いろいろなものが外に残っていて‥‥。

来年、ひまわりが咲くころ、この辺はどんなになっているのでしょう。

2011年8月18日 (木)

LOST(ファイナル)

ああ~、もう!
ロックの台詞が宗教色濃いよなぁ‥と思ってました。
ファイナルを見始めてしばらくして、
「もしかして、○○だったりして」なんて言ったりしました。
タラオくんが
「それはないやろ」と言いました。

そうでした

米はキリスト教の国。
結構、映画やドラマにそれが濃くでてるときがある。
まあ、思考のベースですからね。
根本的なところで、仏教とかぶる部分もあるけれど、
エピソードは、独自なものがあるから‥‥

ということに、気がついて
米の映画やドラマを芯から楽しむには
キリスト教を知っとくべきだと思い
サライのキリスト教、仏教の特集を熟読した。
(写真が多くて、わかりやすい!)
知らないと、知ってるとではやっぱり違うよ!
スパナチュは必須ですな。

もう、みんなラストを知ってるかもしれないけれど、
まだ、見てない人のためにお口はチャック

夢だったら‥‥

なでしこジャパンがW杯で優勝したとき、
佐々木監督が言いました。

「夢ならさめないで欲しい、と思いましたよ!」

同じ日の夜、
深夜ニュースの中で被災者の方が言いました。

「夢ならさめて欲しい‥‥」

現実にこれほどに差があるとは‥
日常の生活がニュートラルだとすれば、
非日常がこれほどの高低さで日本を覆うことは
いまだかつてなかったかもしれない。

さめてほしいと願った現実は人が招いたものではなく
さめないでほしいと願った現実は
人が努力して勝ち得たものだ。

招かざる現実はなすすべもなく受け入れるしかしかたないが、
夢や希望は実現する。努力すれば現実になる。

日本の半分がまだニュートラルな状態ではない。
夢や希望の前に、まずは、日常生活へ。

2011年8月15日 (月)

今日の南三陸(8月13日サンオーレそではま)

少しだけ残っていた、砂浜、サンオーレそではま。
左の砂浜に、漁船が埋まっているそうです。

110813s_convert_20110815123401

今日の南三陸(8月13日志津川漁港周辺)

それでも、うんとうんと目に見えてがんばっているのが漁港です!
画像が送られてくるたび、「あ‥」と声をあげてしまいます。

Img_0802_convert_20110815120508 イカ釣り漁船

Img_0805_convert_20110815120700 修理を待つ漁船

Img_0803_convert_20110815120612使えるところを使って再開している志津川魚市場
5月からの画像を比べると、
「みるみる間に」という表現がでてきそうです。

気仙沼漁港もそうですが、三陸の生業です。
みんな必死でがんばってます。
でもどこかで足踏みしてしまうのは、
これだけの未曾有の被害、
後一歩はやはり行政の後押しなのでしょう。

誰でもいいから、なんては絶対言えません。
だからといって、私たちが選ぶこともできません。
政党の利益でなく、個人の名誉でなく、本当の意味での公僕たる良識を最大限押し広げ、
早く最高権力者である総理を選んで、すべてのひとが納得のいく復興を政治を外交を計ってほしい。1国民の願いです。

今日の南三陸(8月13日)

松山では、ちょっと早い夕立のおかげで、すばらしい虹が見れました。
まるまる180度の絵に描いたような虹。

そのころ、南三陸では?

この日はこども夢花火という、南三陸町の催しが予定されていました。
そして、開催。
花火開催時刻までの南三陸の様子です(笑)

Img_0786_convert_20110815114650 定点です。
緑のかさがいっそう増えています。
そして、むこうに見える瓦礫のかさも。
高さが後ろの建物の、2階まで達しました。

Img_0792_convert_20110815114736 もうひとつの定点。
お盆なので、ユンボもいません。
ユンボがいても、瓦礫が整理されるだけで、まるで時間が止まっているようです。草木だけがどんどん成長する。誰に何をどんな風に呼びかければいいのでしょう。
地元の方々や、自治体や、ボランティアが瓦礫を片付けたり、今日生きるためにできることをがんばったり、こころが折れないよう手助けしたり、どんなに一生懸命頑張っても、
この風景はこの5ヶ月、変わりません。

こども夢花火(南三陸)

先日土曜の13日、南三陸町でこども夢花火が開催されました。
南三陸の町民のための町民による鎮魂の花火です。

http://yumehanabi.jp/

Img_0844_convert_20110815110237 Img_0847_convert_20110815110451 Img_0852_convert_20110815110952 画像は、このときを楽しみにしていた南三陸のやまさんから!

花火。亡くなった人を偲びおくるための鎮魂の花火。
南三陸ではおそらく、亡くなった人だけではなく、家、町、地域、思い出すべてへのいろいろな想いが願いがこの花火に込められていたのでしょう。

ポーンという音。
空気を伝わってくる振動。
夜空に舞う光。
ただ「きれい」では収まらない感動を多くの方が感じたにちがいありません。

やまさん、楽しみで早くから会場をのぞきにいってらしたようで、こんな画像も!(笑) 
高台に設置された仮設トイレ。撮影された時間は朝の10時前。お気持ち、わかりますImg_0796_convert_20110815111428_2

2011年8月11日 (木)

酷暑

「むこうは、38度やったんよねー」
「すご~、やっぱりね、園部は暑いんや~」

「おふろの話やで」
「‥‥」

という会話が違和感なくかわされる今日このごろ。
去年に続き今年もですか‥‥

加えて、節電ですよ。
クーラーを控えるにも、限界があります。こう暑くては。
少し前、
仮設住宅でクーラーの使用を控えている。というニュースがありました。
でも、それは使用料が被災者負担ということに焦点があってて、
まだ暑さもそれほどではなかったので、
仮設にはいっても、大変なんだ、という思いに留まっていました。

しかし、この酷暑。
高齢者にはそうとう厳しい環境です。
せめて、せめて、せっかく生き延びてつないだ命なのだから、
たいへんな暮らしを強いられてきたのだから、
電気は仮設のこれからの被災者の生活のために、
快適にすごすために、つかっていただきたい。
経済的なことも、もちろんあると思いますが、
でも、そのために、病気になったり命を落としたりしたら、
元も子もありません。

また、この自然をも、乗り越えないと‥‥

伊豆沼のはす

昨日、ブログで紹介した蓮の群生地伊豆沼の画像が届きました!110810p_1_convert_20110811103651 こんなに、広い場所に咲く蓮の花をみたことがありません。一面、みごとな蓮の花。
静寂さの中に凛とした美しさ。
お釈迦様が愛したというのも、納得です。Img_0781_convert_20110811104724

今年は例年になくよく咲いているそうで、「伊豆沼・内沼はすまつり」が開催されているそうです。
http://www.miyagi-kankou.or.jp/wom/o-9637

今日は11日。
震災から5ヶ月経ちました。
町は、復興という名のもと、もとあった痕跡すら残さず、片付きつつあります。
それは、いろいろなものを失ってしまった人たちにとって、更なる喪失感を抱かせてしまうような気がしてなりません。
複雑な想いなのでしょう。

人は亡くなったとき、心に抱いていた思い出やその幸福感で魂は包まれるそうです。それが多ければ多いほど、天国?極楽?に身をおいた感覚になるとか。
亡くなったみなさんの心の中に、このはすのような光景が刻まれていますように‥‥
心から、皆さんのご冥福をお祈りします。

2011年8月10日 (水)

RQ11日目

帰る日。
「時間、有る?」
てことで、何日か前に紹介した、気になる新聞ニュースの切り抜きの整理。
昨日着いた、武蔵美のかわいい彼女と一緒にファイルする。

そして、ごみ捨てと、デリの部屋の掃除。
ここでは、なにもかも、気がついた人がやる。
「立つ鳥、あとを濁さず」的?私の場合。
トイレもいつもきれい。
誰かがおそうじをしてくれている。

さて、
今回内容が盛りだくさんだったので、
朝、起きるまでのことは記述するタイミングがなかったが、
前回と大きく違ったことがある。
地震だ。

来る早々、昼間に小さな地震があった。
「あ‥」
と、誰かが声をあげて動作が止まると、
かすかに、ゆれを感じた。
いつものことなのだろう、誰も、なにも言わない。

31日の3時46分ごろ、大きなゆれで目を覚ます。
体育館の上の通路で上半身を起こしたまま身動きできない。
ゆれは、ながくながく続いた。
次第に胸の鼓動が大きく波打ちだし、
「このまま、どかん、ときたらどうしよう‥‥」と不安になる。
ゆれが収まっても、胸の鼓動は収まらない。
そのままの姿勢で下をみると、
誰かが、TVをつけ、ひとり、ふたり、暗闇のなかを立ち上がり静かにTVの前へ行く。
結局、寝れず朝をむかえる。

その日の夜
もらい湯にうかがったOさんとこで、朝の地震の話をしていると、
「ほれ‥‥」
四方八方からごーごーという低い音が聞こえる。
「地震な。ここいらは、地震がくると、地鳴りがする。」
また、小さな地震だ。

翌日の明け方。
また、大きくてながい地震。
ほんとにながい。ながく感じる。
心臓がばくばくする。
あんまりながいから、いろいろなことを考えてしまう。
この日は疲れていたのか、
おさまって、しばらくすると眠っていた。

余震は相当な数と聞く。
6月の末の時はほとんど体に感じる地震はなかった。
今回は違った。

こんな中に身をおく被災地の人たち。ボランティア。
自然から学ぶ?
震災から学ぶ?
なにを学べばいいのだろう。
直面すると、なすすべがない。

2011年8月 9日 (火)

RQ10日目 開口まつり(石巻川開き祭り)

今日は、最後のデリの日‥の予定だった‥‥が、
デリのリーダーが歌津VCのリーダーにご用ができたので、
私はゆかたチームに派遣。
石巻で開催される北上川の開口まつりのイベントに参加するためだ。

朝5時半起床。
したくをして、朝ごはん食べる間もなく6時出発。
ちょっと早く着いたので
コンビニ朝ごはんの予定が朝マックに。
お店には、私たち4人と、
グレーで左袖に日本の国旗のついたおそろいのTシャツを着た外人の集団5,6人。
‥‥だけ。
夏休み、この時間、考えられない。
これも、被災地ゆえ?

会場に着くと河北VCの人たちがいて、
設置を手伝ってくれる。

が、ほんと、なんと登米のボラと雰囲気の違うこと!たくましい!
設置どころか、配布まで手伝っていただいて、
ホントに、ホントに、感謝感謝!
おかげさまで、15時には全部無くなった。
ゆかたも、うちわも!
(全国から集まったゆかたと、
岡山の学生が駅で集めたみんなのメッセージ付き木のうちわを、無料配布した。)

終了の18時まで時間ができたので、
太平洋側が見れる日和山へ。
片道30分もっと歩いたような気がする‥‥Imgp0239

某有名俳優の出身校の前をとおり、公園へ。Imgp0241 公園には7時から始まる花火の場所取りのため、たくさんのカメラと取り締まりのためのおまわりさんがいた。

下をみると、北上川周辺の被害がみわたせる。

Imgp0243 石ノ森章萬画館のある中州は自治体とボランティアの手で、この日のため、きれいに片付けられていた。
そこだけみると、初めからなにもなかったようだが、中州の端にはまだガレキがのこり、向こうの橋はつくりが妙に、ちぐはぐだ。

その橋の左側から私たちはここまで歩いてきたことになる。(会場は橋の付け根)
とおっ!!!!

会場からここまで歩いてきたが、その道は信じられない状態だった。地盤沈下だ。Imgp0248_2 会場だった広場からはなにもみえず、このときには、駅も市庁舎もスーパーも普通だったので意識しなかったが、ここにも、人の背丈ほどの津波が来ていたのだ。Imgp0250_2

イベントが始まって、コピーを持った河北のボラが説明にきた。地震がおきたら、すぐ、このルートで逃げるように。誘導はしなくていいから、一目散に。
コピーには赤いしるしがつけられ進むべき道に赤い線がひかれていた。そうだ、ここは被災地だ。Imgp0246

南三陸にはなにもない。今の生活圏はほぼ高台で、移動中でない限り、地震がきても、少しの距離でより高いところに移動できる。

おまつりは実に微妙なところで開催されていたのだ。
(登米に帰ってから、河北新報をみると、今回のおまつりも地盤沈下で開催が危ぶまれていたそうだ。)
しかし、人々の、明るすぎるぐらいの陽気さと元気は圧倒されるくらいで、ああ、これが復興につながっていくのだなという想いを強烈に感じさせた。

ところで、この広場でのイベントは、いろいろなところで活躍しているボランティアが中心になって開催されている。
ステージでは中学生のブラスバンドや、地元のダンスチーム、獅子舞
そして石川さゆり(本物!生!)!。
パンをかぶりつきながら、聞かせていただきました。津軽海峡冬景色!
川開き祭りは、商店街でも大賑わい!
アンパンマンショーや、ボサノバの、ん~、ボンボンバカボンの、ほら!あの人も、来てた!
ガレキでつくった復興みこし。(残念ながら見れなかった)
アイスビールのデモ。飲みたかったぁ~!!!!!!
津波のあと唯一残った鉄板で、
一躍、時の人となった、おいちゃんの石巻焼きそばを食べることもできた。

最後にみんなで、ぱちり!ちなみにわたしは写ってません。P1000116_convert_20110809115723_2
石巻の帰り、登米のご飯の時間には間に合わないので
一番近いイオンに立ち寄り、秋田のおそばを食べて屋上へ。
ちょっとだけ、おまつりの花火を見る。

それから、河北までいって、
みんなのよく行くふたごの湯へはいり、石巻産のサイダーを飲む。Vfsh0011
うまい!(画像はやまさん提供、私が飲んだのは、これのシークァワーサー味、2種類有る。)

というわけで、2回目の東北に最高に充実した一日が加わったのである。

2011年8月 8日 (月)

空き巣

‥に入られました。工房に。

被害、おつり用の小銭の100円玉とごっそりためてた500円玉。

ドアの網ガラスに穴が開いてました。
即、110。

あこがれの鑑識のお仕事を見ることができました。
「容疑者からはずすためにね‥‥」なんて言われもせず、
指紋から、嘗紋から採取され、
午前中いっぱい、現場検証でした。

が、
せっかく、苦労して空けた網ガラスのドアからははいれず、
数年来、あけたかどうだか記憶のない窓から侵入されてました。
ぽっちんドアは意外と、防犯効果たかかったようです。

しかし、どうやって、穴あけたんでしょうね。
刑事さんたちが、しきりとすごいすごいと言っておりました。

紙の上の靴跡を採取しているところ、見たかったな
だって、ただの白いトレペですよ、
ちゃんと靴あとがとれていた。

ああ、もう!
わたしの500円玉、返して!

RQ9日目

明日、歌津VCに行くので、書類を作らねば!
ていうか、ひたすらコピー。

移動距離、3歩。
初めての本部でのお昼ごはん。
昨日の残りのカレー汁。
昼からも、ひたすらコピー。

たいへんなのよ、レイアウトを考えんといかんのもあるし、
両面だったり、片面だったり、
白黒だったり、カラーだったり。

あ~疲れた!
ということで、今晩はOさんちにもらい湯に。
ここの、猫ちゃんの写真を撮って帰りたかったのだ!
なぜなら、偶然容貌も名前も、昔飼ってた我が家の猫ちゃんとそっくりだから!
「ちび」でオス猫、おじいちゃん。また、逢おうね!
Imgp0234

今日の南三陸 パノラマ2

なんだか、やまさん、すっかりパノラマ撮影にはまっちゃったみたいです

110807p3_convert_20110808134900

8月7日の南三陸です。本当に、なにも、ないです。
先日のニュースでコンビニが出店数を 増やした、とありました。

確かに、今ここではコンビニの存在がとっても助かっているのです。8月5日にOPENしたコンビニさんです。先日、ご紹介してたとこです。Img_0760_convert_20110808173239

2011年8月 6日 (土)

RQ8日目

今日は
一日、歌津VCに引き継ぐファイルの整理と資料作り。
の予定だったが、
急遽、新しく始まる「聞き書き」という活動に
おそらくは、かかわりが多くなるであろうデリからも参加することになり、
3名、チームに加わった。

被災体験とはかかわりなく、
被災者の生い立ち、暮らしていた地域の風習、生活を聞き取り
今回の震災で失われたものを残す、喪失感を埋める(?)というもの。
コンセプトがよくわからないので、
私は、1回こっきりで。
デリにもどります。

研修という形だったので、
回を重ねるごとに、改良はされていくんだと思うが、
(実際、2日目は、配慮されて初日とは違ったそう。)
デリにいて、直接被災者とかかわってきたものと、
いきなり、「聞き書き」に参加しようとするものとの
認識、想いに、かなり隔たりがあるような気がする。

逐次記録の文字化に、
おばちゃんと、PC世代の差がぴょ~んと開いてしまって
しなくてよい!
と、決まったときにはばんざーい!とレコーダーをほっぱらかしたおばちゃんと、
みんなが、頑張ってくれてるんで、もう少し‥とPC打つ手を休まなかったKちゃん。
はっきり違いが証明されてしまった
君たちはすごいよ。

しかし、この時点で、すでに夜はふけ、
就寝時間はもうじきだったのだ。

やま

Dvc00062_convert_20110806105845 今回は6月の末に比べて、ユンボが大活躍でした。
台数も多いし、そこで働いている人もけっこういた。

あのころ(6月の末)は、まだ、捜索が続いていたんですよね。
自衛隊もまだ撤退していなかったし。

Dvc00070_convert_20110806111158 そして、このやまです。
右端にユンボがいます。
この高さ。
石巻の北上川の側にも、もっと大きいものがありました。5ヶ月前まで、東北の人々の家であり、記録であり、思い出であり、財産であったものです。人々の無念さは計り知れません。

画像は、7月29日南三陸、歌津です。

2011年8月 5日 (金)

RQ7日目

同じタイトルになってしまうので、のべでいきます。

「車に乗ってな~い
と言うさっちゃんと、本日1台っきりのデリにでる。
車は、さっちゃんのダーリンの愛車、サンバー。

1軒目。歌津。
いつもの習慣でTELをすると、留守電。
後回しにするが、これがあとで大変なことに。

2軒目。戸倉。
ちょいと、まちがえつつも、無事避難宅(集会所)へ。
留守。どこもかしこも戸や、窓開いてんのに!
携帯に電話するも、圏外。
ひょっとして‥‥と思いわたし個人の携帯(ドコモ)を使ってみると‥‥
つながりました。さすがです。
「誰もいねー?、仕事さ、でてるもんで、おいてって。」
ということで、頼まれ物、玄関に。

また、一軒目に電話するが、留守電。

次のお宅へ。歌津。
日ごろから、電話が通じないので心配をして、
手土産にトマトを持ち、突撃訪問。
留守。
登米市の給水車がきて、
水を入れ替えていたが、その人が
「朝、畑で見たよ。」と。
お元気でなにより。

3軒目。
と、ここで本部から電話。
「先方、10時に待ってるのにまだ来ないって、電話あったんだけど」
て、留守電に、2回も伝言いれたのにな‥‥
最初に電話したお宅。
地図を頼りに大急ぎでいくと、‥‥いない。
電話‥でない。
本部‥どうも、場所が違うらしい。
場所を確認していると、ご主人が仕事から帰ってきたので、
連れてってもらうことに。

どこ!?
自宅とは集落ひとつ抜けたうんと離れた場所。
その道端に車を止め、お友達と立っていた。
目印のテントはどうも、木で隠れていたらしい。
????
ま、いいっか。
支援物資も、もうこれが最後だし。

後は、帰り道の1軒。
お昼だし、ご飯、ご飯!
前回、ず~とコンビニおにぎりだったので、
ぜひ、気になってた定食屋さんへ!
本吉駅の近く。
気仙沼に水揚げされた、かつおの定食を!
松山ではたたきがほとんど。
たっぷりのにんにく醤油でいただくかつおは絶品

しかし、このにんにく臭どうする?
2人とも、食べたんだし、いいじゃん!と思ってたら、
「後一軒あるよ。」と冷静に、さっちゃん。
彼女は、食べた後お店でうがいをしていたらしい。
‥‥‥‥
「あめ、あるよ」
で、自己解決。
とりあえず、自分はにおわなくなった。ような、気がする。

最後のお宅へは、逆デリ。
以前届けた韓国ラーメンが辛くて食べられないという。
つまり、返品。
お土産のトマトを渡して、たっぷりの韓国ラーメンを引き取った後、
わたし、はじめてのお茶っ子。
午前中、被災した娘夫婦のかわりに義援金の申請に行っていたそうだ。
「いくら、もらえんだか、わかんないけんどよー」
「今度来るときは、ゆってからこ、なんか、にとっから。」
お茶で充分です

本日のデリバリー終わり!
RQのデリバリーって、物を届けるだけじゃないんだ、と再認識。

さあ、今日はデリのみんなでおふろ!
道の駅のりんりん館にある、
社共のお風呂をお借りする。

夜ミーティングでは
ピンチヒッターで今日の新聞ニュースを。
気仙沼のかつおの水揚げの話。

今、気仙沼では生のかつおしか食べられません。
それは、冷凍設備が整っていないから。
みんなで一生懸命、水揚げできるよう市場を再開したものの、
冷凍設備が整っていないため、
漁船が、千葉のほうへいってしまうので、
取扱量がのびない、という話。

新聞は河北新報という地方紙なんだけど、
いっぱい、気になる記事があって、迷ってしまう。
今日は、かつお、食べたので、この記事!

2011年8月 4日 (木)

記憶の箱(これから東北へボランティアに行く人へ)

なにもかもはきだして
やっとまえをむくことができました。

まひしてしまったこころが
やっとうまれくるこどものしんぞうのように
とくとくとうごきはじめました。

これまでのいきてきたきおくは、
なにもかもこのちいさなはこにつめこんでしまいます。

こどものころのきおく
ゆたかなふるさとのきおく
しあわせだったこのちでのきおく
たいせつなひととのきおく
いっしゅんにしてなにもかもうしなったときのきおく
まっしろになったこころのきおく

まっすぐまえだけをみて
しっかりだいちにあしをおいて
あたらしいきおくをつくるために。

そしていつか
そらが、やまが、うみが、
あたらしいきおくでいっぱいになって
たいせつなひとがたくさんできて
しあわせがいっぱいになったら、
そっとあけることにしましょう。

ちいさなはこが
「過去」になってしまったときに‥‥

 辛いことがあったときは
 みんな同じような心を旅します。
 似たような思いをしたからこそ、寄り添える。

 でも、今まで、しあわせなことにそんな思いをしたことのない人は、
 ほんのすこし勘違いをして
 辛い思いをしているひとを傷つけてしまうかもしれません。
 けれど、
 ここへ来て、見て、感じることができたなら、
 違う寄り添いかたができと思います。

 就活のためでも、
 単位をとるためでも、
 きっかけはなんでもかまいません。
 ここへ来ることができたなら、
 いろいろなことを感じてください。
 寄り添ってください。       

今日の南三陸、パノラマだよ!

Convert_20110804120656 視野が広くなったせいか、すごくわかりやすいです。
暖かくなってきて、雑草が多くなりました。

今回、気がついたのは、一ヶ月前に比べて、ユンボの数が断トツに増えたこと。
(前回は、ユンボも少なく、作業中なのを一度も見なかった。)
ガレキがだいぶ片付いているけれど、
そのガレキの山が、はんぱなく高く積み上げられて、
異様な光景だったこと。

生活圏のガレキは8月中には片付く、という今日のニュースも、
そもそも、ガレキのなかに生活圏もなにもない南三陸では、関係ない気がします。

帰ってきましたよ!東北から!RQ6日目

ざくっと感想。
涼しくって、寒かった。
疲れた、眠かった。

前回ははじめてでもあり、
わからない状態でやりはじめたので、
力加減がどうも9割くらいだったようだ。

今回は、なんか、少しかってしって
めーいっぱい、ときにそれ以上ちからがはいっていたようで、
プラス、地震にも遭遇し、
たった1日多かっただけなのに、
帰る日は、新幹線に乗った瞬間から眠気が‥‥

ということで、
まず1日目。

くりこま高原駅から、仕事中のやまさんをかりだし
登米本部まで送っていただく。
やまさん、ありがとうございました!

途中、少し回り道してくださって、蓮の群生地に。
絵にあるようなきれいなピンクの花が一面に咲いて
普通の花の群生とは違う、
グリーンもピンクもほぼ同じ高さという情景は
なんともいえない静寂さを感じた。

レンコンの花は白。
ちょっと違う場所で咲いていた。

登米に着いて、受付をしていると、
おお!前回パートナーだったさっちゃんが!
感動の再開を喜び合った後、掲示板をみると、デリ募集0
リーダーに直談判することに。

かくしてデリ復帰となったが、
引越し直前でもあり、ファイルの整理のおてつだい。
デリはまだデリだった。

仕事の合間にあたりをみまわしてみると、
たいしょー(りっちゃんが世話になり、Tシャツのことで、
ちょこっと盛り上がった、キッチンのリーダー)や、
数人見た顔が‥‥リピーターが多いというのは、本当だった。
かくいう私も、リピーター。

自己完結が原則で、
それを一生懸命にこなしてると、
いったん帰っても、なにかしら遣り残した気がして帰ってくるんだと
フロアリーダー、現デリリーダーが言っていたけど。
まさに、そのとおり。

こうして、私の2度目の東北は始まった。

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