ガラスの表と裏
最近、修理したシェード。某有名百貨店のシールが貼ってあった。おそらく、中国製。
ここ、何回かガラスの裏表に関する話題が出て、少しでも疑問に思ったことはつきつめないと気がすまない私は、例によっていろいろ調べ、いろいろ考えた。そこで気がついたことのひとつが、フリモントがなぜ「こっちが表、絶対」とシールを貼っているかという理由。ティファニーがなぜ、いろいろなのかという理由。推量にすぎないけれど…(このフレーズ最近読んだ漫画によくでてきたぞ!)
結論から言うと、ガラスにはちゃんと裏表がある。それを、ちゃんと理解したうえで、自分の審美眼を信じ使いこなす、ということ。
どんなとき、どんなものに、どのようにガラスを使えば、より美しいか…
ガラスが一番美しいようにガラスを使ってやる事。そうすることで、ティファニーのガラスの使い方により近づけるような気がする。
ガラスは、本来奥ゆかしい。光をとおすことで、「主張」する。
疑問を持ちながら、ガラスを使うのは、ガラスも、製作者も、かわいそうだ。もっと、柔軟でいいと思うし、教室で先生のかたくななこだわりを押し付けるのもどうかと思う。ただ、柔軟であるというのは、どっちでもどうでもいい、というのとは違う。ガラスを作った人の気持ちを汲み、どういう状態がより美しいかを考えながら選択していくとき、選択肢がより多いというだけ。
学ぶべきことは山積みだ。今回のことも、改めてガラスのことをみつめ直すいい機会だった。気づかせてくれたお二人に、感謝!
ところで、久しぶりにティファニーの本ぜ~んぶ見直したのだが(とくに、ディテール部分)そのとき気がついたんだけど、1879年ケンプ邸に取り付けられたティファニー初期の作品「茄子」。グランドマスターということになっているが、2種類ある。鳥取にあった、旧ティファニー美術館の図録にあったもの。これはわたしも観ている。
もうひとつは、フランス語で書かれた本に載っているもので、他、もう一冊に載っているもの。デザインは一緒。ただし反転している。鳥取にあったほうがあきらかにガラスが凝っているし、修復のあともみられる。でも海外の本2冊に、載っているのはガラスが単調だ。
なぜ、2枚あるの?どっちが本物?どちらも本物?
この私の疑問、誰か答えをください。願わくば、旧ティファニー美術館の元館長、教えてください。




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